メモ:Hacking(1988)テレパシー論文の細かい点に対する違和感

背景

みなさんは、「ミルクティーを作るときに、紅茶をカップに注ぐ前にミルクを入れるべきか、それとも、紅茶を注いだ後にミルクを入れるべきか?」という紅茶論争をご存知でしょうか? 

 

英国を二分すると言われているこの紅茶論争に関連する例を、R. A. Fisherという統計学者が1935年の『実験計画法』第2 章で取り上げています。そこでは、「ミルク先」/「ミルク後」の味の違いがわかるという女性の主張をどのように実験的に例証する(experimentally demostrate)かが論じられています。

 

その『実験計画法』第2 章では、8杯中4杯を「ミルク先」にして、残りの4杯を「ミルク後」にして、そして、ランダムな順序で女性に提示し、「ミルク先」/「ミルク後」を女性に当ててもらう、という実験例を述べています。ランダムな順序にする、というのが、この実験の重要な点です。この例は、「ランダム化実験」(「無作為化実験」)を入門者に説明する良例として愛されてきました。この紅茶実験の例は、現在では"The Lady Tasting Tea"と呼ばれています*1

 

私自身はこの実験例はほとんどが仮想や空想のものだと思っているのですが、「この話のもとになったエピソードが実際にあった」という説があります。R.A. Fisherの伝記であるFisher Box(1978, p.134)*2で、そのエピソードが紹介されています。そのエピソードは、統計業界では(おそらく)それなりに有名です*3

 

そういう背景のもとで、Ian Hackingという学者が、ランダム化実験とテレパシー実験との歴史的関連性に関する論文を1988年に書きました。ここでの話は、その論文のほんの些細な一部について疑問を呈するという話です...。

 

本題

Hacking(1988)*4(以下、「同論文」と呼ぶ)の最後(pp.450-451)では、R.A. Fisherによる紅茶実験の例と、そのエピソードが取り上げられています。その部分を読んでいて、以下の4つの点に関してちょっとおかしいように感じました。相当に細かいことで、「木を見て森を見ず」の指摘なのですが、以下にメモっておこうと思います。

  1. エピソードに登場する「被験者」の女性の名前を、”Muriel Bishop”としている(同論文, p.450)が、"Bristol"の間違いだろう。R. A. Fisherの伝記*5で書かれているエピソードの人物は、結婚前の名前は”Muriel Bristol”であり、また、結婚後は”Muriel Bristol Roach”と二重姓を名乗っている。少なくとも、Bristol博士が書いた論文や、Rothamsted Experimental Stationの年間レポートではそのように名乗っている。”Bishop”とは名乗っていない。
  2.  "a student of algae"(同論文, p. 450)とBristol博士をなぜか学生としているが、"researcher"の間違いだろう。Bristol博士は、博士号を取得後に、Rothamsted Experimental Stationで研究者として働いており、さらに、土壌藻類の分野では第一人者であった(と、後の論文で称されている)。Rothamsted Experimental Station在籍時は学生ではないだろう。
  3.  “Rothamstead”と綴っている(同論文, p.450)が、”Rothamsted”の間違いだろう。最後から2文字目の”a”は要らないと思う。
  4.  同論文では、”U”や”non-U”を流行らせたNancy MitfordをMuriel Bristol博士に重ね合わせて、R. A. Fisherが述べた紅茶実験の例を階級問題と関連付けて論じている。しかし、これは各個人の解釈による違いだろうが、『実験計画法』第2 章では、そこに登場する「被験者」の女性を、R. A. Fisherは否定的には捉えていないと私は思っている。紅茶をめぐる主張や論争を否定的に捉えるのではなくて、「科学」を「紅茶論争」にR. A. Fisherは喩えているのだと私は思っている。つまり、一時的で中間的な結論を反復して積み重ねていく(とR. A. Fisherが思っていた)「科学」を、過去から未来へと永遠に終わらないであろう「紅茶論争」に R. A. Fisherは喩えているのだと私は解釈している。私の解釈がひねくれているのかもしれないが、「被験者」を皮肉っているような同論文(pp.450-451)の解釈は奇妙さを私は感じる。

私のほうが勘違いしているものもあるでしょうが、なんか変な感じを受けたので、勢いに任せてメモりました。私の文章も、誤字脱字だらけなので、他人の相当に細かいことをとやかく言う資格はないのですが、結局、言ってしまいました。

*1:"The Lady Tasting Tea"のような名前になったのは、おそらく、この実験例の話がアメリカに輸入された後だと思われます

*2:Fisher Box, J., (1978), R.A. Fisher: The Life of a Scientist, John Wiley & Sons Inc.

*3:https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_tasting_tea にも記載されています。

*4:Hacking, I. (1988), Telepathy: Origins of Randomization in Experimental Design, Isis, 79(3), pp. 427-451

*5:Fisher Box, J., (1978), R.A. Fisher: The Life of a Scientist, John Wiley & Sons Inc.