R.A.Fisherの紅茶実験について生成A Iに私好みの回答をしてもらうためのプロンプト集

小野裕亮(Yusuke Ono)

 

2026/5/4追記:この記事は,以下のブログ記事を補助するものです.

Fisherの紅茶実験は実話なのか? - Tarotanのブログ

 

統計学の分野で,R.A.Fisherが述べた紅茶実験という教材があります.<あるladyが,ミルクティーにおいてミルクを先に入れたか後に入れたか識別できると主張している,さあどうしましょうか?>という感じの例です.

この例は,1935年出版の『実験計画法』第2章で述べられています.元々の章名は「実験の原理,精神物理実験による説明」でしたが,数学の歴史的文献を寄せ集めたJames Roy NewmanのThe World of Mathematics, Vol.3にこの第2章だけが抜き出され,タイトルも"Mathematics of a Lady Tasting Tea"というものに変更されました.現在は,こちらの"Lady Tasting Tea"というキャッチフレーズの方が有名になっています.

紅茶実験の話はFisher流のランダム化や統計的推測を理解するための良い教材だと私は思っています.しかし,元々の話が都市伝説化してしまっていて,その「都市伝説」をもとに勉強するとむしろFisher流のランダム化や統計的推測を誤解してしまうとも私は思っています.

一般に流布している「都市伝説」(私個人は都市伝説と思っている話)は私の理解とは違うものなので,私好みの回答を生成AIが出力してくれるプロンプトを作ってみました.以下で述べていくのは,あくまで私が望む回答を生成AIにしてもらうように調整したプロンプトです.何度もプロンプトを調整しています.また,私自身のブログ記事や手紙を参照するように仕向けています.どういう回答になるにしろ,だいぶ割り引いて利用してください.

 

Fisherによる紅茶実験が実話かどうかを聞くプロンプト

まず,TarotanによるR.A. Fisherの紅茶実験に関する記事(https://tarotan.hatenablog.com/entry/2020/07/25/180423)を改めて精緻に読んでください.同ブログ記事で述べられている3つの説を紹介してください.

また,RSS Significance, October 2021の34〜37ページで,John T.E. Richardsonによって投稿された記事 "A closer look at the lady tasting tea"を読んでください.さらに,RSS Significance, October 2021の46ページのLETTERSに投稿されたYusuke Onoによる投稿("More tea")を読んでください.その上で,R.A.Fisherによる紅茶実験は実話かどうかに丁寧に回答してください.実話だとするならば,何を根拠に実話だというのか,元になる文献や資料を明示かつ引用してください.また,R.A.Fisher自身は,実話だと言っていますか?

 

Fisherの有意性検定についての考え方を聞くプロンプト

R.A.Fisherの紅茶実験に関する都市伝説で,<それは実話で,女性は全部ミルク先か後かをすべて言い当て,その実験結果は有意水準5%で有意だった.そして,Fisherは,その女性がミルク先か後かを識別できることを認めた>というものがあるか検索してください.この都市伝説が本当かどうかは不問として,<ある実験結果のp値が5%以下だったら,帰無仮説を否定して,対立仮説を認める>という手順は,R.A.Fisherの有意性検定に対する方針・思想に反するのではないですか? 特に,R.A.Fisherが教科書『実験計画法』で述べた「実験的に例証可能」(experimentally demonstratable)と照らして説明してください.

 

イギリスの紅茶文化について聞くプロンプト

これまで,イギリスにおいて,科学者が紅茶の作り方を提示して,それを聞いた紅茶好き達が反論した,もしくは,議論が巻き起こったという事例はありますか? 特に1935年以前で,新聞や雑誌などでそのような記事や議論はなかったでしょうか? イギリスの紅茶好きは「紅茶はこう作れ! これは科学的に証明されたことだ!」と科学者に言われたら,その助言に素直に従うものなのでしょうか?

 

Fisherが紅茶実験を教材とした意図を妄想してもらうプロンプト

ミルク先かミルク後かを識別できるかどうかの紅茶実験をしたとして,その実験結果のp値が5%以下だったとします.Neyman流の実験計画であれば,事前に検出力なども求めていて,研究者と被験者(lady)の間で有意水準と検出力の合意が得られていれば,「ladyは,ミルク先かミルク後かを識別する能力がある」と意思決定することになります.しかし,イギリスの文化を考えると,ミルク先/ミルク後の論争は,このような1回限りの実験で決められるものではないと考えられます.R.A.Fisherはそのことを念頭に置いて,紅茶実験を教材に取り上げたのではないでしょうか? つまり,「もし1回の実験結果で5%有意になったら,あなたの主張を変えるのですか? そうではないですよね.科学的な実験もそういう作りになっています.」ということを主張するために,紅茶実験を取り上げたのではないでしょうか?

 

Fisherが実際に行った味覚実験を聞くプロンプト

R.A.Fisherは類人猿に対して,phenyl thiocarbamideを苦く感じるか否かを実際に実験しています.この実験が紹介されている論文を検索してください.また,人に対しては実験そのものは行なっていないようですが,教科書『統計的方法と科学的推論』で2×2表に対するFisher正確検定を説明する際に,「人々を男女に分け,さらにフェノールチオカーボアミドの味を感じる人と感じない人に分ける.この薬液はある人々にははっきりと苦いと感じる濃度のものが,他の人々にはまったく味が分からないのである」(日本語訳 p.88)と述べています.さらに,R.A.Fisherは,タバコ-肺がん論争において,ある遺伝子が共変量となって,その遺伝子がタバコを好むと同時に,肺がんの要因にもなっているという主張もしました.この論文も検索してください.よく知られているように,Fisherはゴリゴリの優生学者でした.これらから,Fisherは,生まれつきの遺伝子によって人はかなり味覚が異なり,ある人には検知できない味が,別の人では検知できることも多々ありうる,と考えていたと言えるでしょうか?

 

Fisherの科学者としての態度や立場を妄想してもらうプロンプト

R.A.Fisherは超能力実験にも,実験方法および統計解析で協力したことがあります.ただし,Fisher本人はおそらく超能力を信じていなかったと私は思います.このことから,たとえ,とんでもない主張であっても,その真偽は不問にして,とりあえず現象がexperimentally demonstrable(実験的に例証可能)かどうかを調べることには統計学者として協力できる,とFisherは考えていたと思うのですが,どうでしょうか?

 

Fisherのランダム化についての考え方を聞くプロンプト

G.E.P.Boxの名言に,"Block what you can, randomize what you cannot"というものがありますが,1935年の"The Design of Experiments"における紅茶実験で,Fisherは紅茶の状態(例えば,温度・カップ・お茶の種類・ミルクの種類)をすべて同じにしないといけないと言っているのですか? もしそうだと,ランダム化のもつ特徴を説明していないことになりませんか?

 

Fisherの紅茶実験に対するNeymanやLindleyの反論を聞くプロンプト

Fisherの紅茶実験で展開した主張に対する反論として,Neymanが教科書の中で取り上げて反論しています.また,Lindleyが主観ベイズの立場から紅茶実験を扱っています. これらFisher, Neyman, Lindleyによる紅茶実験や立場・思想の違いを解説した概説論文はありますか?

 

有意水準5%を普及させた責任者を聞くプロンプト

まずhttps://tarotan.hatenablog.com/entry/2023/10/28/164150を改めて読んで精密に要約してください.現在,批判を受けつつも,有意水準5%がよく使われているのは誰のせいですか? また,有意水準を5%にしたのは誰でしょうか?

 

 

(おまけ)王立化学協会の都市伝説を聞くプロンプト

Tarotanによるブログ記事(https://tarotan.hatenablog.com/entry/2015/09/25/233046 およびhttps://tarotan.hatenablog.com/entry/2015/11/03/135509)を改めて精緻に読んでください.その上で,王立化学協会によって,ミルクティーを作る時にはミルクを先に入れる方がいいと科学的に実証されたどうかを回答してください.ちなみに,「ミルク先が良いと王立化学協会によって科学的に実証された」という主張は,日本の公的機関である総務省統計局による統計学の啓蒙ページ(https://www.stat.go.jp/dss/business21.html)にも,記載されています.

 

(おまけ)入門者向けの授業で事実誤認の都市伝説や噂を聞くとその講師に対する信用がなくなる理由を聞くプロンプト

個人的な質問です.また,かなり自戒を込めています.私の教育的背景は社会学で,文学部出身です.長い間,統計学の業界で働いてます.統計学において,バリバリの数理統計学の観点から,数式に基づいて仮定から数理的結果を導出するのを地道に解説している授業や教科書ならば,その合間に嘘の都市伝説や事実誤認の噂話を聞いたり読んだりしても,私はとても楽しいのです.しかし,数式も使わず,なんとなくのゆるふわな直感的なイメージとソフトウェアの使い方のハウツーしか教えない授業やハウツー本で,そのような噂話や都市伝説を聞くと,それまで楽しく聞いていたり読んでいたりしても,途端にその講師や著者に信用がなくなります.このような印象を他の方も持っているのでしょうか? また,心理学・社会学・行動経済学などでこのような現象に呼び名がありますか?(なお,数理や数式と言っても,現代数学の基本である位相・多様体・測度論・代数幾何学といった分野ではなく,初等的な微分積分・行列計算・確率計算ぐらいを指しています.)

 

(おまけ)数式なしで統計学を学べるかを相談するプロンプト

学術的な誠実さに関する質問なので,最大限に誠実に回答してください.統計学を学びたいと思っています.「カーゴ・カルト・サイエンス」や「疑似科学」に陥らず,誠実に統計学の原理や仮定を理解し,しかし,数式を使わずに統計学を学ぶにはどうしたらいいでしょうか? つまり,統計学がどのような仮定からどういう原理で成立しているかを,数式を使わずきちんと理解するにはどうしたらいいでしょうか? 数式を理解していなくても,統計ソフトウェアを用いたり,既存の論文を模倣したり,ハウツー本のテンプレートをコピペしたり,生成A Iの答えを真似たりすることで,統計学を理解しているように見せかけることは可能かもしれませんが,きちんと理解して統計学を利用したいです.もしこの質問に対する回答が分からないのなら「分からない」と正直に回答して,無理にそれっぽい嘘の回答をしないでください.文献や書籍などで根拠を示せないのであれば,「分かりません」と回答してください.文献や書籍を上げるときも,きちんと本当に存在するかを吟味し,売れているかどうかやAmazonレビューなどではなく,学術的に誠実な文献なのかどうかを厳しく吟味してください.文献や書籍についても,学術的に誠実さがあるものかどうか,自信がないのなら「分かりません」と回答してください.(なお,数理や数式と言っても,現代数学の基本である位相・多様体・測度論・代数幾何学といった分野ではなく,初等的な微分積分・行列計算・確率計算ぐらいを指しています.)

 

(おまけ)嘘の見破り方や誤用しない方法を強調する人ほど間違った情報に基づいて話をする傾向がある理由を聞くプロンプト

以下はごく個人的な印象です.私は統計学業界で働くものです.私自身に対する自戒も込めているのですが,特に悪気もまったくなく無邪気・無自覚な誤った情報を流す方は,なぜか,嘘付きの特徴とか,嘘の見破り方とか,騙されずにすむ注意点,誤用を避ける方法とかを,都市伝説・噂・嘘などに基づいて素人や初心者に説明・啓蒙する傾向があると私個人は思っています.都市伝説・噂・嘘などに基づくそのような説得や説明そのものが一種の間違いや誤用じゃないかと私は思っています.間違いに無自覚な人ほど間違った情報を他人に流したがる傾向が一般にありますか? もし,そうならば,どうしてそういう傾向になりがちなのでしょうか? 統計学の分野で,「統計学で嘘をつく方法」や「統計学で騙されない方法」を強調している人ほど,都市伝説・噂・嘘などで説明を進めている傾向があるのではないかと私は思っています.例えば,Darrell Huff の How to Lie with Statisticsは,真偽不明・出典不明瞭・不正確な都市伝説という嘘ばかりを取り上げて,「嘘に騙されない方法」を論じていると私は思っています.統計学以外の学術分野のことは知らないのですが,あまりないのではないかと思っています.

配達地域指定郵便に基づくアンケート調査について

文章責任:小野裕亮

 

昨日YouTubeのおすすめで流れてきた以下の動画を観た.この動画でYouTuberの方がおしゃっている内容が少し私の考えとは違うので,このブログ記事に雑に書いておく.

石丸市長VS山根議員の統計論破合戦を見た統計専攻の反応 - YouTube

なお,以下は私個人の考えであり,すべての責任は私個人にあり,所属組織は一切の責任を負わない.私は4年大学の学部時代の専攻は社会学であり,統計学は専攻していない.また,学術調査・マーケット調査・世論調査などの調査の業務には従事していないし,従事した経験もない.

 

話題となっている質疑応答の議事録や,調査方法や調査結果の非常に荒い要約は,以下のページで公開されている.

議事録: https://www.akitakata.jp/akitakata-media/filer_public/92/aa/92aaadc7-4c0c-4d7f-b6a4-d17b435b0ec3/3.pdf

結果のパワポ的資料などがあるページ:

安芸高田市都市計画マスタープラン・立地適正化計画策定にかかるアンケート調査について | 安芸高田市

 

「全数調査は抽出調査よりも誤差は小さくなる!」と考える気持ちは分かるが...

高校の教科書ぐらいでは,<全数調査が無理な時に,無作為抽出調査をする>ぐらいしか書かれていない(例えば,啓林館『令和4年 1月28日検定済 高等学校数学利用 数学B』p.78).また,もし,無回答誤差,カバレッジ誤差,測定誤差などが全数調査と抽出調査の両者で同じで,抽出誤差だけしか存在しないのであれば,抽出調査よりも全数調査の方が総調査誤差(total survey error)は小さい.また,数理統計学の教科書や初心者用の統計学料理本にはもっぱら抽出誤差しか書いていない(対面調査でのラポールがうんたらとか,応募型パネルによるウェブ調査の欠点がうんたらとかは,量的な社会調査の入門書では触れられているだろうが,数理統計学統計学料理本には書いていない).

 

以上のことから,全数調査の方が,抽出調査よりも,誤差は小さい(精度が高い)と言いたくなる気持ちはよくわかる.

 

しかし,同じ調査コストならば,全数調査をもし真面目に行うのであれば,かつ,目標母集団のサイズがある程度大きくなれば,無作為抽出調査の方が真面目な全数調査よりも,総調査誤差は小さくなると私は直感的に思う.

そもそもこれは調査なの?

まず,そもそも,今回の「市民アンケート調査」が,学術関係者や世論調査屋が述べる意味での調査だったのかも非常に怪しい感じが私はする.質疑応答にて,企画部長の方が「マスタープランの策定について、広く周知するとともに、皆さんの思いを教えてくださいというコミュニケーションを取ることを重視して選 んだ方法でございます。」と答えている.この「市民アンケート調査」は,調査というよりも,むしろダイレクトメールマーケティングや宣伝ビラのポスティングに近いものだろうと私は思う.だから,この調査を学術調査や世論調査と同じ視点から評価するのは,公正ではないかもしれない.

 

しかし,あえて,この「市民アンケート調査」を統計学の視点から個人的に評価してみよう(繰り返しになるが,今回の調査はダイレクトメールマーケティングに近いものだと私は思うので,そういった観点から批判するのは公正でないかもしれない),私個人は,このような品質の悪い全数調査(?)ならば,品質の良い無作為抽出調査の方が,より品質の良い結果が得られただろうと思う.

 

全数調査や抽出調査の大まかな手順

学術調査や世論調査での調査票調査においては,全数調査にしろ抽出調査にしろ,教科書的な作業の流れは次の通りだろう(相当にいい加減).

  1. 調査目的を決める.
  2. 調査目的に沿って,目標母集団および調査単位を定める.例えば,「日本全国の有権者」や「愛媛県内の全世帯」など.
  3. 目標母集団を調査するための名簿(=枠(フレーム))として何を用いるかを決める.例えば,住民基本台帳
  4. 調査方式を決める.例えば,郵送調査,電話調査,ウェブ調査,または,それらの混合方式.
  5. 調査票を作成する.
  6. その他諸々のオプションを決めて,いろいろな準備して …

 

この調査の調査対象は?

質疑応答の議事録を見ると,この「市民アンケート調査」は,全数調査ではなく,全戸調査と呼ばれているようだ.この全戸調査での「アンケート調査対象」は安芸高田市のお住まいの方(世帯)」となっており,調査単位が安芸高田市の「住民(人)」なのか「世帯」なのかが分からない.調査対象の単位が決まっていないのは,学術調査や世論調査ではたぶんない.チラシのポスティングならは特に調査単位なんて気にしてないので,その意味で,この「市民アンケート調査」はチラシ配りの感覚に近いのだろうと私は想像した.

 

この調査の回収率は?

調査対象が決まっていないと,回収率も求まらない.回収率だけで調査の品質が決まるわけではないが,学術調査や世論調査では回収率を報告するのが慣習である.<回収率だけで調査の品質が決まるわけではないので,回収率を報告しないでいい>という考えもあるだろうが,同じような調査対象・枠・調査票・調査方式・接触方法・報酬・再訪問方法を用いた調査で,回収率が5%の調査と,回収率が50%の調査では,やっぱり後者の方が品質が高いと判断できるので,まあ,回収率ぐらいは報告しておいてほしい(個人的な願望).

 

調査結果のパワポには回収率は書いてなさそうだが(最初しか読んでいないので自信はない),質疑応答によると,回収率は30%ぐらいらしい.これは,回収調査票数が「3,750票(3,709世帯)」で,2021年12月ごろの「全世帯の世帯数」が「1万2,758世帯」だから,3750÷12758 もしくは 3709÷12758で約30%としたっぽい.

 

この計算は,通常の学術調査などで行われている回収率の計算方法とは異なる.回収率の計算は,通常,枠(名簿)のなかから選択された調査単位の個数を分母にして,多くの質問へ回答がなされている調査票の個数を分子にして計算する.分母に用いている12,758は「住民基本台帳等」から数えているようだが,この「市民アンケート調査」は「住民基本台帳等」を枠としてない.

 

この調査では紙の調査票が郵送され,それとは別にネット上にGoogleフォームが準備されたようだ.紙の調査票のほうは,「配達地域指定郵便」によって,郵便ポストに投入されている(この配達地域指定郵便なるものを私は知らないのだが,いわゆるピザ屋などのチラシのポスティングと同じだと私は想像している.少なくとも学術調査や世論調査配達地域指定郵便が使われることはないんじゃないかと思う).Googleフォームはネットで公開されていたようだ(「安芸高田市のお住まいの方」以外でも誰でも答えられたのではと私は疑っている).紙の調査票の先頭に,Googleフォームのアドレスが書いてあり,そちらでも回答できたようである(...流石にそんなに酷いことはないと信じたいが… ).「3,750票(3,709世帯)」という謎の数字を(重複していないかどうか,同一世帯かどうか,適格かどうか(安芸高田市のお住まいの方かどうか)をどのように分からないため)どうやって求めたかは分からないが,たぶん有効回答数ではないだろう.それを無視しても,まず,この調査では,郵便受けを枠としているので,世帯が調査単位になっていない.

 

さらに,もしこの調査の調査対象が「安芸高田市のお住まいの方」つまり個人だとしたら,回収率はもっと低いものになるだろう.2021年(令和3年)12月1日の住民基本台帳の人口が27,584人(0歳以上)なので,それを分母に計算したら,約13.6%である.20歳以上に絞っても,3750 ÷ (27584 - 670 - 935 - 1083 - 1179)で15.8%ぐらいである.

 

なお,回収数は「3,750票(3,709世帯)」なので,1戸内で複数人が回答したものがかなり少ないようである.

 

この"調査"は全数調査なの?

この「市民アンケート調査」が<安芸高田市のお住まいの方全員に対する全数調査>と呼べるならば,世の中には「全数調査」に含まれる調査が非常に増えるだろう.例えば,レストランでテーブルにアンケート用紙をおいて,「アンケート調査」を実施しているとしよう(もしくはタッチパネルでメニューを注文するレストランで,会計を選択した時にアンケートに協力してももらうようになっているとしよう).原理的にはレストランに来たお客さん全員が対象で,全員がアンケートに答えられるが,しかし,私個人的にはこの調査を「全数調査」と呼びたくない.あくまで程度によるが,なるべく全数を取得することを努力している時に限り,「全数調査」と私は呼びたい.調査票を全調査単位にばら撒いただけなら,それは全数調査と私は呼びたくない.「なるべく全数を取得することを努力」とは,例えば,未回答者には催促状を出すとか,郵送方式から面接方式に切り替えるとか,報酬を付けるとかなどである.

 

ちなみに,全国センサスは「全数調査」と呼ばれることが多いが,さすがに,配達地域指定郵便で配って終わり,というわけではないはずだ.

 

全数調査は常に抽出調査よりも総調査誤差が小さいのか?

数理統計学の入門書や統計学料理本には抽出誤差しか触れないものが多いが,統計学的には調査誤差には様々なものが含まれる.それらの誤差を総合的に考えるのは「総調査誤差アプローチ(total survey error approach)」などと教科書では呼ばれている.極端な話,たとえ,全数調査で全員が調査票に回答してくれたとしても,全数調査よりも抽出調査の方が誤差が小さい場合も考えうる(例えば,戦後における米の生産量調査で全数調査していたが農家が米の供出を恐れて過小申告していたらしい.竹内啓編『統計学の未来』pp.66-67を参照のこと.) そこまで大袈裟でなくても,尋ねたい質問内容が複雑であったりして補足説明が必要な時には,ある程度の母集団サイズが大きくなれば,郵送調査で催促なしの全数調査(←ちゃんとした全数調査という意味です)の予算があれば,抽出調査に変更することで催促ありの郵送式に切り替えられるかもしれない(予算的に厳しくなるが,調査員調査にさえ切り替えれるかもしれない).その場合,総調査誤差は,全数調査よりも抽出調査の方が小さくなるだろう.品質の悪い全数調査よりも,品質の高い抽出調査の方が誤差は小さくなる.

 

余談だが,全数調査と抽出調査を混ぜることも考えられる.例えば,全数調査で回答が戻ってきたていない調査単位から無作為抽出して,催促状を郵送したりするという方式も考えられる(ただし,今回の場合は,どの個人が,もしくは,どの世帯が答えていないか管理できていないから,この混ぜ合わせ方式はできない).

 

補正をしないという方針について

品質が悪いデータを補正することは難しいというのは,非常に理解できる.データは収集する過程のほうが重要であり,その後の分析テクニックでできることは限られている.配達地域指定郵便で紙の調査票を配布する,ネットで回答したい人が誰でもGoogleフォームで回答できる,催促状も送らない,回収率さえ算出できない.そんな調査で,どんな補正を行えるというのだろうか? また,ウェブ調査の分野でも,補正しても,ベンチマーク調査の結果に近づけることができないという研究報告もある.どうせ補正しても駄目なものは駄目だし,そもそも調査じゃなくて宣伝やマーケティングなのだから,面倒くさい補正なんてしないという気持ちもよく理解できる.しかし,私個人的には,もし結果を見ないといけないならば(私は結果を見ていないし,今後もたぶん見ないけど),年齢・性別・居住地域ぐらいで補正した結果としなかった結果の両方を見比べてみたい.

 

幅広い人から意見を聞きたいのであれば...

幅広い人々から意見を聞きたいのであれば,一部の陳情を聞いたり,パーティーで立ち話するよりは,配達地域指定郵便アンケートの方がいいと私は思う.しかし,ちゃんとした抽出調査と配達地域指定郵便アンケートのどちらがいいかと言えば,なるべく幅広い人々から意見を聞きたいのであれば,ちゃんとした抽出調査の方がいいんじゃないかと私は思う.ただし,今回の目的は宣伝ビラのポスティングに近いものだったろうか,配達地域指定郵便アンケートが十分に合理的であったのだろう.

 

なお,私自身は,統計学的に見たら品質が悪い”調査”を見たとしても,それを批判するつもりはない.そのような”調査”(例えば,テレビでの駅前インタビューや,民間企業で見込み客を取るためのアンケート)をする人は,それなりの合理的な理由があってそのような”調査”を行っているのだと思っている.ただ,そのような”調査”を統計学的に正当化しようとするのを見ると,個人的には首を傾げてしまう.

 

利益相反

統計学関連の営利企業に勤めており,そこから給与をもらっている.そのため,統計学に不利なこと,および,所属企業に不利なことは言わない方向へのバイアスがある.今回の話題の関係者(YouTuberの方,政治家の方,公務員の方)から,金銭をはじめとした利益供与は一切,受けていない.どこかの政党の党員にはなっておらず,また,政治家や政党から金銭を授与したりはしていない.

Stark(2016)でのp値と帰無仮説の定義

このブログ記事では,Stark(2016)のp値と帰無仮説の定義を紹介する.Stark(2016)は,2016年米国統計学会p値声明(Wassrstein and Lazar 2016)の補足資料に掲載されたコメントの1つである

 

p値の定義

p値声明(Wassrstein and Lazar 2016)では,「荒っぽく述べると(informally),p値は,特定の統計モデルのもとで,データの統計的要約(例えば,比較対象とする2群の標本平均の差)が観測された値以上に極端になる確率である」と述べられている.

この荒っぽい定義(informal definition)をStark(2016)は「曖昧で役に立たない(vague and unhelpful)」として,脚注4にて点帰無仮説におけるp値の「最も単純で一般的」な定義を述べている.

 

Stark(2016)の脚注4でのp値の定義

帰無仮説を「 {\mathbb P}がデータ Xの確率分布である」とする.ここで Xは,可測空間 \mathcal{X}で値を取るとする. \{R_\alpha \}_{\alpha \in [0, 1]}を,次の2条件を満たす {\mathbb P}-可測部分集合族とする.

  • (1)  P(R_\alpha) \le \alpha
  • (2)  \alpha' \lt \alpha ならば  R_{\alpha'} \subset R_{\alpha}

このとき,データ X = xに対するH_0のp値は, {\rm inf}_{ \alpha \in [ 0, 1 ]} \{ \alpha : x \in R_{\alpha} \}と定義される.◻︎

 

なお,これは点帰無仮説に限った定義である.複合帰無仮説の場合には,上記の定義も,p値声明の定義と同様,もう一工夫が必要となるだろう.

p値声明の定義では,「極端な」や「要約」という曖昧な言葉がある.どの領域のどちらの方向が「極端」というのだろうか? また,「要約」とはなんだろうか? 

Stark(2016)の定義では,とりあえず上記2つの条件を満たす \{R_\alpha \}_{\alpha \in [0, 1]}を設定して,形式的にp値を定義している.もちろん,実用上は,この \{R_\alpha \}_{\alpha \in [0, 1]}をどのように設定するかという問題は残り,それらは別の場所で議論する必要があるだろう( \{R_\alpha \}_{\alpha \in [0, 1]}は,実用上では,検定問題で有意水準 \alphaの棄却域と呼ばれているものに相当する.).

 

帰無仮説の定義

p値声明(Wassrstein and Lazar 2016)では,「この不整合(incompatibility)は,帰無仮説もしくはそれが前提としている仮定に対する疑義を投げかけている,もしくは,それらに反する証拠を提供していると解釈できる」と述べられている.Start(2016)では,p値声明の説明では帰無仮説と仮定を分離している点を批判し,帰無仮説は「p値を計算するために必要な仮定のすべてが含まれている集合」だとしている.

例えば, X \sim {\rm Bin}(n, p) p = 0.5に対してp値を求めるとしよう.このとき,通常の教科書(例えば,竹村本や久保川本)では,帰無仮説は「 H_0: p = 0.5」である.しかし,Stark(2016)の定義では,帰無仮説は「 H_0: X \sim {\rm Bin}(n, 0.5)」となるだろう.

Stark(2016)の定義に従った方が,p値によって非整合(incompatibility)が示唆された時の解釈は誤解が少なくなるように思える.

しかし,一方で,現在,普及している定義や考え方を変更する必要が出てくるだろう.

慣習的に,対立仮説としては帰無仮説の否定を用いることが多い.そして,特定の前提のもとで(かつ,必要な場合には不偏性などの制限を課したもとで)対立仮説が正しいときの検出力が高くなるような検定を探し出すのが,検定問題での王道であろう.先ほどの例では「 H_0: p \ne 0.5」を対立仮説とすることが多い.

一方,Stark(2016)の定義での帰無仮説の否定は,「 H_1: Xは{\rm Bin}(n, 0.5)に従っていない」である.これは,p値声明の「非整合」を表現する言葉としては適切だろうが,検出力を計算するのは(二項分布でないものは無限に考えられるので)難しいと思われる.さらに,先ほどの例では,実用上において主に知りたいのは,(特定の前提で制約した上で),現在のデータが「 H_0: p \ne 0.5」を例証する証拠となり得ているかどうかであろう.二項分布に従っているかどうかの方に,あまり興味がないだろう(たとえば,実用上の研究疑問で,二項分布なのか,ベータ二項分布なのか,それとも違う分布族なのか,といったことに興味をもつことは少ないのではないだろうか).

p値声明およびStark(2016)の定義では,いくつかの検定がもつロバスト性(頑健性)をうまく表現できていないように思う.p値を計算した時に用いたいくつかの仮定が成立していなくても,検定としては妥当な検定となることがある.つまり,同じp値もしくは近い値のp値となる仮定の集合がいくつか存在することがある.そのようなロバスト性も,どうにかして定義に含められないだろうか?(最初から「 H_0: X \sim F,  F \in \{ \mathbb{P} : 期待値が 0.5\}」といった感じにセミパラメトリックやノンパラメトリック帰無仮説を定義するのではなく,パラメトリックのもつロバスト性を帰無仮説で表現することはできないのだろうか?)*1

 

参考文献

Wasserstein, R.L. and Lazr, N.A. (2016). The ASA Statement on p-Values: Context, Process, and Purpose, The American Statistician, 70(2), 129-133

Stark, P.B. (2016). The Value of p-Values, The American Statistician, 70(2), Supplemental Material [URL: https://doi.org/10.1080/00031305.2016.1154108]

*1:なお,p値声明が「特定の統計モデル」で注視したいことやStark(2016)が強調したいことは,このような技術的な点ではなく,もっと基礎的なことに言及しているのだろう.例えば,ウェブパネル調査から得られたデータに,単純無作為抽出に基づく統計的推測の枠組みを適用し,一般母集団に対する言明をするといったことに対する忠告なのだろうと思われる.

人生はp値だ 〜 Life is Peachy 〜

このブログ記事では,2016年のp値声明(Wasserstein and Lazar, 2016)のオンライン付録に掲載された意見の1つであるSenn(2016)をもとにして,世間で抱かれているかもしれない印象の a) と c) を弱めることを試みる.

 

  • a) Fisherの登場により,それまでに普及していたBayes流事後確率が撲滅され,頻度主義に基づく計算方法にとって変わった.
  • b) その後,Savageなどの新Bayes主義が登場したが,Fisherによりずっと迫害されてきた.
  • c) 頻度主義をなくして,Bayes流にすればp値の問題は解決する.

 

b)については,<Fisherが(少なくとも1930年頃以降で)批判していたのは,一律に事前分布に一様分布を設定することだったのだろう>という主張を,以下のブログ記事に記載したので,興味がある方はご一読ください.

Bayesの卵を割らずにBayes流オムレツを作る?? 〜1930年論文で読む信頼区間 vs 推測区間〜 - Tarotanのブログ

 

上記a),b),c)のようなイメージを持っている人は一人もいないかもしれないので,藁人形論法になっているだろうが,そういう人がいるものと仮定してこの記事では話を進めていく.

王立統計学会が2016年に行ったp値声明に関するセッションのYouTube動画を最近になって見て,Senn先生とJohnson先生の見解に大きな違いがあり,それが2024年現在でも解決していないように思えた.

ASA statement on P-values and statistical significance: Development and impact - YouTube

このブログ記事で両者の見解の違いに対する理解が深まれば幸いである.

 

さらに,この動画での質疑応答でD.R.Coxが述べた意見について,特に6章で私なりにまとめてみた.このブログ記事により,p値に対して,また,p値に対する喧嘩に対して,これまでと異なったイメージが広がることを期待している.

 

1. 私はp値のためのp値(Impeach for Peach

p値はこれまで何度にも渡り弾劾されてきたが,2016年のp値声明(Wasserstein and Lazar, 2016)はここ20年ぐらいのなかではもっとも多くの人に届いた批判ではないかと思う.その批判点を便宜的に次の2つに分類しよう.

 

  • (あ)p値は誤用・誤解されている.p値の真の姿を理解すれば,その誤用・誤解は無くなる.吾輩が本物のp値をお見せしよう.
  • (い)p値は間違っている.吾輩が,代替策となる本物の方法をお見せしよう.

 

p値声明には6つの項目がある.その6つの項目を上記の2つのいずれかに分類すると,項目1から5までは,上記の(あ)であるp値の誤用・誤解に対する啓蒙的な批判に相当するだろう.最後の項目6は,上記の(い)であるp値そのものが持つ問題を指摘となっているだろう.また,p値声明における4節の"Other Approaches"も(い)に分類できるだろう.なお,p値声明は上記のような喧嘩腰の強い主張ではなく,非常に柔らかな言い回しである.そのため,やや強引な分類である.

 

まず,p値声明の2つの問題点を指摘したい.

  • 第1に,D.R.Coxが指摘するように,p値や検定の多様性を無視している.p値や検定は,いろいろな人がいろいろな場面で用いているのであり,何か単一の絶対的な定義・用途があるのではないと思う.p値や検定の多様性については,6節で後述する.
  • 第2に,p値声明の内部的な整合性に関して,p値声明の項目1と項目6は,粗く読むと,一瞬,矛盾しているように私は思える.

 

第2の問題点について詳しく述べよう.p値声明(Wasserstein and Lazar, 2016)の項目6では次のように,p値単体ではモデルや仮説に関する良い証拠にはなり得ず,他の方法のほうが良い場合もあるかもしれないと述べている.

6. By itself, a p-value does not provide a good measure of evidence regarding a model or hypothesis
....[省略]... For these reasons, data analysis should not end with the calculation of a p-value when other approaches are appropriate and feasible. [...省略...]

 

一方,項目1では,

1.P-values can indicate how incompatible the data are with a specified statistical model

A p-value provides one approach to summarizing the incompatibility between a particular set of data and a proposed model for the data. [...省略...]

と述べている.

めちゃくちゃ粗く読めば,p値は,項目1では<ある1つの特定の統計モデルとデータとの不整合を表す指標である>と言いながら,項目6では<モデルや仮説に関する証拠の良い指標でない>と言っているように読めてしまう.そのため,項目1では<p値は証拠となりうる>と言っていて,項目6では<p値は証拠にはなりえない>と矛盾していることを言っているように読めてしまう.

実際には,少し落ち着いて読めば,項目1では「[指標はいろいろあるが]指標のひとつ」と断っていて,項目6では「p値単体では」と限定しているので,矛盾してはいない.

しかし,この項目6に基づき,p値声明のオンライン付録に掲載された意見の1つであるJohnson(2016)では,点帰無仮説に基づくBayes検定から,有意水準5%で有意となったとしても,それは非常に弱い証拠にしかなり得ないというp値批判を展開している.例として,

 X_1, \dots, X_n | (\mu, \sigma)  \sim \ \ iid \ \ N(\mu, \sigma)

 \sigmaは既知

 Pr(\mu  = 0|H_0) = 1

 \mu|H_1 \sim \ \ g(\mu|H_1)

 Pr(H_0) = Pr(H_1) = 0.5

という設定のもとで,頻度主義的な統計的検定でp値がピッタリ0.05になる時の Pr(H_0| {\bf X}) が取りうる最大値を計算している.その最大値は,頻度主義的な検定が両側検定で,上記の事前分布 g(\mu|H_1)を対称分布に限定すれば, Pr(H_0| {\bf X}=0.227]程度である.一応,この値を求めるRコードを示しておく,なお,n\sigmaは計算に用いてるが,最終的な結果はn\sigmaに依存しない.

n <- 100

sigma <- 20

alpha <- 0.05

prob_H0 <- 0.5

z <- qnorm(1-alpha/2, 0, 1)

 

likelihood0 <- dnorm(z*sigma/sqrt(n), 0, sigma/sqrt(n))

likelihood1 <- dnorm(z*sigma/sqrt(n), z*sigma/sqrt(n), sigma/sqrt(n))

prob_H0_given_x = likelihood0 * prob_H0 /(likelihood0 * prob_H0 + likelihood1*0.5*(1 - prob_H0))

print(prob_H0_given_x) 

この結果を重視する人々は,<この 0.227は直感的に見て大きすぎるから,有意水準5%で有意となったとしても,それは非常に弱い証拠にしかなり得ない>という理屈によって,有意水準5%を閾値として判断することに対する批判を展開しているのだろう.Benjamin et al (2018)では,この理屈を根拠のひとつとして(またおそらくは現状に対する応急処置として),有意水準を5%ではなく,0.5%にしようという主張を行なっている.

性急にp値声明を読むと,その内部で矛盾した助言をしているようにも読めるだろう.

 

2. Chi

これまでp値はいくどに渡り弾劾されてきたが,そもそもp値とはなんだろうか? 6節にて後述するように,おそらくは3つ程度の定義があり,その用途も多岐に渡る.まずは,以後の2節から5節まででは,歴史的な変遷をざっと見ていくことにしよう.

Hubbard(2011)では,次のように,p値の始まりはKarl Pearsonのカイ2乗適合度検定だと述べられている.

The origin of the p-value is credited to Karl Pearson (1900), who introduced it in connection with his chi-square test (see Chi-Square Tests). However, it was Sir Ronald Fisher who popularized significance tests and p-values in the multiple editions of his hugely influential books Statistical Methods for Research Workers and The Design of Experiments, first published in 1925 and 1935, respectively.

しかし,少なくとも数値的には,p値と同じもの,もしくは,p値と近い値になるものは,Karl Pearsonののカイ2乗適合度検定の前にも存在していた.

 

3. 都市部における性別(Sex and the City*1

Arbuthnot(1710)

世界で最初に公式に行われた統計的検定はArbuthnot(1710)であろう(▪️)とすることが多い.Arbuthnot(1710)では,現世にある神の恩寵の証拠として,出生数において82年に渡り男性の方が女性の方よりも多いことを取り上げ,もし,男性と女性の生まれる確率が50:50であれば,それが生じる確率が

   1 / 4 8360 0000 0000 0000 0000 0000

であるとして(Pythonで2の82乗を計算すると4 8357 0327 8458 5166 9882 4704),この現象は神が残した印であろうと結論づけた.

 

なお,Senn(2003, pp.31-32)では,このArbuthnot(1710)の統計的検定が抱える内在的な問題を挙げている.「82回中82回だけ表が出る」というのは最も極端な現象であり,もし,例えば「82回中81回だけ表が出る」や「82回中80回だけが出る」という結果ならどうしたらいいのか? そこに注目すると,Arubthnotは単に尤度を計算したかもしれないからである.例えば,実際の現象が「82回中81回だけ表が出た」というもので,Pr(Y=81|\pi=0.5, n = 82) + Pr(Y=82|\pi=0.5, n = 82) という計算をしていたのであれば,それはp値を計算していたと言えるだろうが, Pr(Y=82|\pi=0.5, n = 82)というものがp値であるとは断言できないだろう.

そういった疑問は残るものの,これをp値だとしても,そして,p値そのものが妥当な指標であったとしても,いろいろと疑問は残る.何よりも,50:50で生じると考えると非常に珍しい現象が起きたとしても,その現象が神が現世に残した足跡なのだとするのは私は賛同できない.1節で述べた(い)の批判ができないとしても,(あ)の点からp値の誤用だと指摘することはできるだろう.

 

Bayes(1763)

Bayes(1763)は,Karl PearsonやFisherが取り上げたことにより,Baeys統計学やBayesianの名前の由来となっている論文だろうが,見方によってはこの論文にも頻度主義的なp値の源泉を見ることができる.

Bayes(1763)の原論文は記号や説明が複雑すぎて私は読めないのだが,Dale(1991:2nd ed.)のp.39によると,命題10では,一様事前分布および二項分布尤度を仮定したときの,確率パラメータの事後分布が導出されているらしい.現代風に書くと,次のように書けるだろう.

 

モデルの設定

 \pi \sim {\rm Unif}(0,1)

 X|\pi \sim Bin(n, \pi) , nは既知.

計算したいもの

 Pr( a \lt \pi \lt b | x) = \frac{\int_{a}^{b} \pi^{(k+1)-1} (1-\pi)^{(n-k+1)-1} d\pi}{\int_{0}^{1} \pi^{(k+1)-1} (1-\pi)^{(n-k+1)-1} d\pi}

 

こうして計算された値のうち,例えば, Pr( 0.5 \lt \pi \lt 1 | x)という事後確率は,頻度主義での二項検定での片側検定(帰無仮説 H_0: \pi = 0.5もしくは H_0: \pi \gt 0.5に対する検定) のp値に近い.例えば,次のようなRコードで,両者の近さは確認できる.

n <- 250

x <- 110

pi <- 0.5

pbin <- pbinom(x, n, pi)

print(pbin)

pbeta <- pbeta(pi, x + 1, n - x + 1, ower.tail=FALSE)

print(pbeta) 

 

Bayes流事後確率は約0.0332であり,頻度主義流p値は約0.0290である.

この例では,ベータ分布の第2パラメータを, n - x + 1から n - xに1だけ減らせば,両者はまったく同じ結果(約0.0332)となる.

 

pbin2 <- pbeta(pi, x + 1, n - x, , lower.tail=FALSE)

print(pbin2) 

後述するように,このように単純な尤度モデルで大標本の時に,一様事前分布を仮定したBayes流片側事後確率と,頻度主義流のp値が近い結果となるのは,歴史的に見れば,単なる偶然ではないと思われる.大標本で両者が近い結果となるのは,<最尤推定での近似計算自体は,それ以前に普及していた一様事前分布からの事後分布のLaplace近似とまったく同じ計算が使われていて,最尤推定は単にBayes流枠組みにおける解釈だけを変更したのにすぎない>という歴史的な事情によると思われる.Senn(2016)によると,<Fisherは,1910年代から1920年代以前に行われていた一様事前分布に基づくBayes流の計算を否定したのではなく,まったく同じ計算にBayes流ではない別の解釈を与えただけにすぎない>という.つまり,最尤推定は,その始まりにおいては,同じワインが別のラベルで売られたにすぎない.

 

まったくの余談だが,この二項分布とベータ分布の関係は,教科書では部分積分によって導出されることが多いが,一様分布を間に挟むとわかりやすい.いま,

 U_1, \dots, U_n \sim iid \ \ {\rm Unif(0,1)}

とする.この時, U_1, \dots, U_nのうち \pi以下となるものの個数は,二項分布 {\rm Bin(n, \pi)}に従う.一方,この個数が[tex: k以下となるのは,小さい方から数えてk+1番目の順序統計量 U_{(k+1)} \piより大きくなっている場合でる. U_{(k+1)}はベータ分布{\rm Beta}(k+1, n - k)に従うので,pbinom(k, n, pi)は, pbeta(pi, k + 1, n - k + 1, lower.tail=FALSE) と等しい.

 

ちなみに,先ほどのArbuthnot(1710)のデータでは,頻度主義的な片側p値が Pr(X \lt 0|\pi = 0.5, n = 82) = 2.067952 \times 10^{-25}であり,Bayes流の片側事後確率が Pr(\pi \gt 0.5|X = 0, n = 82) = 1.033976 \times 10^{-25}である.

 

Laplace(1812)

Laplace(1812)では,男性の出生数が女子の出生数を上回る割合ではなく,男女の出生数そのものをもとに事後確率の計算が行われている(伊藤・樋口訳, pp.344-348).次表のデータをもとにしている.

場所

男性出生数

女性出生数

収集期間

パリ

393386

377555

1745年初めから1784年末まで

ロンドン

737629

698958

1664年初めから1758年末まで

ナポリ王国

782352

746821

1774年初めから1758年末まで

ヴィトー(Vitteaux)

203

212

5年間

 

このうち,パリとヴィトーに関しては,実際に数値として事後確率が求められている.パリの事後確率は(最終的な結果ではなく)次式が示されていて,(女性が生まれる二項確率が0.5以上となる事後確率)を計算すると 5.590929 \times 10^{-73}である.なお,私自身は,Laplace(1812)で使われている近似式は理解ができていない.

log10mu = 72.2511780

print(1/10^(log10mu) * (1 - 0.0030761))

Rで事後確率および求めてみると, 5.592801 \times 10^{-73}である.二項分布に基づく片側検定のp値は, 5.707999 \times 10^{-73}であった.

x <- 377555

y <- 393386

n <- x + y

pi <- 0.5

pbin <- pbinom(x, n, pi)

print(pbin)

pbeta <- pbeta(pi, x + 1, n - x + 1, lower.tail=FALSE)

print(pbeta)  

一方,ヴィトーに対してLaplace(1812)で計算された結果(女性が生まれる二項確率が0.5を超える事後確率の値)は0.67であった.Rで求めると,Bayes流の片側事後確率は0.6704622であり,また,二項分布に基づく片側検定のp値は0.688218である.

x <- 212

y <- 203

n <- x + y

pi <- 0.5

pbin <- pbinom(x, n, pi)

print(pbin)

pbeta <- pbeta(pi, x + 1, n - x + 1, lower.tail=FALSE)

print(pbeta)  

これら2つの例でも,頻度主義的な片側p値と,Bayes流の片側事後確率とは近い値となっている.

Laplace(1812)では上記のデータに対して,さらに,パリとロンドンで男性出生確率を比較するための「検定」を行なっている(pp.348-350).

モデルの設定

 \pi_1, \pi_2 \sim iid \ \ {\rm Unif}(0,1)

 X_1|(n_1, \pi_1) \sim {\rm Bin}(n_1, \pi_1),  n_1は既知

 X_2|(n_2, \pi_2) \sim {\rm Bin}(n_2, \pi_2),  n_2は既知

 

計算したいもの

 {\rm Pr}(\pi_1 \lt \pi_2|(x_1, x_2))

 

Laplace(1812)では,上記の近似値を  1/328269 = 3.046282 \times 10^{-6}としている.

Rなどには数値積分のルーチンが用意されているので,現在では比較的,簡単に計算できそうであるのだが,以下にintegrate関数を2重に回したのでは,精度よく計算が行われなかった.

x1 <- 377555

y1 <- 393386

x2 <- 698958

y2 <- 737629

f1 = function(pi2) {   integrate(function(pi1) {dbeta(pi1, x1 + 1, y1 + 1) * dbeta(pi2, x2 + 1, y2 + 1)}, 0, pi2)$value }

res1 = integrate(Vectorize(f1), 0, 1)$value print(res1) 

上記の数値演算で精度のよい結果が得られなかったのは,結果がかなり0に近いためだと思われる.何か工夫すれば数値積分を改善できるのかもしれないが,ここでは,上記の積分と超幾何分布との関係を用いて算出することにしよう.上記の積分は,次のように x_1 y_1に足した時の超幾何分布の累積確率 {\rm Pr}(X_2 \lt x_2| n_1, n_2, x_1 + x_2)で求められる.

x1 <- 377555

y1 <- 393386

x2 <- 698958

y2 <- 737629

p_fisher <- phyper(x2, x2+(y2+1), (x1+1)+y1, (x1+1)+x2)

print(p_fisher) 

これも二項分布とベータ分布との関係と同様,一様分布を介せば,少しややこしいが,比較的,容易に導出できる.ここでは,その説明は省く.

こうして求めた事後確率は,  3.045772 \times 10^{-6}である.

 

Fisher正確検定は得られた度数そのものを用いて計算したものであるので,もし度数が大きければ,上記の事後確率とほぼ同じになる.また,度数が大きい場合,Fisher正確検定は,二元度数表に対するPearsonカイ2乗検定の結果と同じになる.今回の場合も,Rで計算すると,かなり近い結果になっていることが分かる.

p_fisher <- phyper(x2, x2+y2, x1+y1, x1+x2)

print(p_fisher)

#3.066284e-06

 

rst <- chisq.test(as.table(rbind(c(x1,y1), c(x2,y2))), correct = FALSE)

print(rst$p.value / 2)

#3.044973e-06 

 

つまり,Laplaceが行った「検定」は,Laplaceが扱ったデータの標本サイズが大きいこともあり, 2\times2表のカイ2条検定やFisher正確検定と数値的にはほぼ同じである.

 

20世紀初頭のBiometrika

Arbuthnot(1710)やLaplace(1812)では,「p値」の計算が行われていたと言える.そこでのp値は,0.001をはるかに下回る小ささであった.時が流れて19世紀から20世紀に入ると,優生学の調査が広まり,大雑把にいうと100から2,000ぐらいまでの標本サイズで,しかも,より小さな差が話題となる.さらに,測定しまくったこともあり,1つの論文で比較する特性値(例えば,身長,キュービット,頭蓋骨の周囲などなど)も増えていった.そして,「有意かどうか」を判断する方式が,20世紀初頭にはBiometrikaを中心に広まっていた.

ただし,そのときの方式としては,すべての比較について,いちいちp値を求めておらず,probable errorの何倍かで判断することが多かった..

現在,確率変数のばらつきを表す指標としては,標準偏差が使われていることが多いだろう.しかし,20世紀のごくはじめの優生学研究では,特に正規分布に従う確率変数のばらつきを表す指標としてprobable error (PE)が使われていた. 1 PE  = 0.6745 SDである.

Karl Pearsonの提案により,ほぼ確実に有意か(almost certain significance),そうでないかを区別する閾値として,PEの3倍という閾値が使われていた.なお,大雑把に言って, 3 PE \approx 2 SDである.以下の引用(Punnett,1904)は,Biometrikaで3PE閾値を説明している例である.

Professor Pearson to whom I am indebted for this statement considers odds less than those corresponding to twice the probable error as not definitely significant, with odds corresponding to twice up to thrice the probable error we have probable significance, and with more than three times the probable error there is almost certain significance. Of course a difference less the probable error does not prove that the difference is insignificant, it may merely indicate that the statistics are insufficient in number to adequately distinguish significant differences. Again, persistent differences of the same sign, when each difference in even less than the probable error, increase the odds in favour of a general significance.

 

必ずしも,どの論文でも3PEを閾値として使っているわけではなかったが,Fisherが1925年に出したハウツー本(Fisher 1925)では,両側5%という閾値を1つの便宜的な目安として提案した際.<正規分布での3PEは2SDに近く,2SDは両側5%に近い>と述べている.

 

 4. 漁師の紅茶検定(Fisher’s t-test and Tea-Test)*2

Fisherは1925年にハウツー本(Fisher 1925)を出版しているが,そこでt検定を解説している.t統計量の確率分布がt分布になると予想したのは,Student(1908)であった.その予想を幾何学的なイメージにより,証明したのがFisherであった.Senn(2015)によると,同じt検定であっても,Student(1908)ではBayes流に解釈が行われ,Fisher(1925)では頻度主義流に解釈が行われているのだという.

なお,平均の比較では,大標本の場合(かつ,2群比較のときは,標本分散が2群でほぼ同じか,標本サイズが2群でほぼ同じである場合は),t検定のp値は,正規近似におるz検定のp値と似た結果となる.一方,3PEは両側有意水準5%に対応しているので,t検定とK. Pearson方式の間に,数値計算と導かれる結論ではほぼ違いはない.両者で違うのは,あくまでその計算を導出したときに用いた前提だけである.

Fisherは,1935年にもハウツー本を出している(Fisher 1935).同書の第2章では,紅茶の実験(おそらく実際に該当の実験が行われたわけでなく,説明上で用いた架空の話)が例として挙げられている.そこではランダム化実験の検定として,Fisher正確検定が紹介されている.

t検定や,Fisher正確検定になると,数値例で挙げられている標本サイズもずっと小さくなり,n = 10とかn = 8ぐらいになる.これぐらいの小標本だと,尤度モデルが単純なものであっても,一様事前分布から導かれる片側事後確率と,頻度主義流の片側p値は数値的にもある程度大きく異なってくる.

 

 5. あくまでラプラスLaplace’s demon)

Fisherが1922年に公表した「理論統計学の数学的基礎」(On the Mathematical Foundations of Theoretical Statistics)(Fisher 1922)では,尤度や最尤法の解釈が述べられている.それ以前にも尤度や最尤法にFisherが言及することはあったが,Fisher(1922)ではそれまでの考えがまとめられあげている.

まず,Fisherがわざわざ「尤度」という言葉を用いたのは,「確率」と区別するからである.それまでは,一様事前分布の仮定のもと,

 f({\mathbf \theta}|{\bf x})  \propto f({\bf x}|{\mathbf \theta})

とみなして,尤度を事後確率密度(に比例したもの)とみなしていた.

一方,Fisher(1922)では,事前分布を設定しないでも帰納的な推測を行えるように,同一の仮想的無限母集団からの無作為抽出という前提を設定した.この設定のもとでは,f({\bf x}|{\mathbf \theta})]を\thetaの関数とみなしたf({\mathbf \theta}|; \bf x})]は,\theta確率密度関数がもつような性質を持たない.例えば,排反な事象A,Bに関して.「AもしくはBの尤度」は,「Aの尤度」+「Bの尤度」とはならない.

1930年になってfiducial intervalの議論をするまでは,Fisherは「パラメータに関しては確率的な言明は行えない」という立場であった.この立場は1930年以降に変わるのが,1920年代では,事前分布を設定しないような枠組みでは,尤度が推測の基礎になるが,その尤度は確率の性質を持たないという考えであった.

そこだけ見ると大きな違いだが,実際の数値計算の結果に関して言えば,大標本での近似に関してはまったく計算が使われる.そこまででは,Bayes推定での事後分布を求めるには,Laplace近似が使われていた.一様事前分布を仮定してLaplace近似を使ったものは,最尤推定でのWald近似とまったく同じである.Fisher(1922)が行ったのは,それまでの一様事前分布に基づくBayes流推測に対して,計算方法を変えずに,一様事前分布を仮定しないで済む形で,また,より自然な形で,別の解釈を与えただけにすぎない.

もちろん,小標本になると,両者の結果は大きく違ったものになる.(注:もちろん,小標本になると,もし近似を使うのであれば,Bayes流にしろ,頻度主義にしろ,採用する近似方法によっても,大きく違ったものになる.Bayes流の場合には,小標本の場合には,設定する事前分布でも大きく違うだろう.) しかし,最初の出発点は,同じワインに異なったラベルを与えただけと言えるだろう.

 6. 人生いろいろ,p値もいろいろ

6.1 p値に対する3種類の定義

ここまで,p値が何であるかを定義せずに,話を進めてきた.ここでは,便宜的に3つに分けて,p値を定義しよう.

  • 1)  ある特定の1つのモデルのもとで,ある統計量が,現在の統計量の実現値以上に極端になる確率
  • 2) 特定のパラメータ空間に属するパラメータで表されるモデルたちでの上記1)の確率の最大値
  • 3) 有意水準\alphaの検定における棄却域を R_\alphaと表す. \alpha_1 \lt \alpha_2である任意の有意水準tex: \alpha_1, \alpha_2]について棄却域がR_{\alpha_1} \subseteq R_{\alpha_2}となっている場合での \inf\{\alpha | x \in R_\alpha\}

 

1)の定義は,おそらくハウツー本などを始め,最もよく見られる定義である.p値声明(

Wasserstein and Lazar,2016)ではp値の厳密の定義は述べられていないが,「砕けて言うと」("informally")と断って,この1)の定義が紹介されている.

2)の定義は,例えば,竹村(2020:新装改定版,p.168)や久保川(2017:p.164)に近いものが見られるが,それらはほぼ3)に近い.

3)の定義は,Lehmann and Romano(2022:4th ed. p.69)で見られる.

これら3つの定義は,状況によっては異なるものになるが,状況によってはまったく同じものになる.

1)の定義は最も分かりやすいが,3つの問題を抱えている.

第1に,この定義からは「統計量」としてどのような統計量を用いるべきか分からない.

第2に,この定義からはどちらの方向や領域が「極端」であるかが分からない.Fisherは,おそらく,「統計量」としては最小十分統計量を用いて,そして,どちらが極端かは,それはp値を求める研究者が知っているという考えだったのだろう.

第3に,例えば帰無仮説が複合仮説である場合など,モデルが1点で表されていない場合,この定義だとp値は計算できない.この定義は,モデルが1つの特定のものに固定されている必要がある.

Cox and Hinkley(2000,5.1節)によると,帰無仮説が複合仮説となる場合には,主に3つの状況がある.

  • ① 興味があるパラメータに対する帰無仮説が1点でない場合.例えば,同等性検定で,帰無仮説 H_0: \mu \lt -2 \ {\rm or} \ \mu \gt 2などとなっている場合
  • ②局外パラメータがある場合.例えば, 分散が未知で H_0: \mu =5, \forall \sigma^2のような場合.
  • 帰無仮説が,特定の確率分布全体を表している場合.例えば, H_0: 「正規分布に従っている」といった場合.

このうち①については,おそらくFIsherは,もし帰無仮説が点で表されていないのであれば,それは検定の問題ではなく,信頼区間(Fisherではfiducial interval)の問題だとみなしていたのだろう.②については,枢軸量や条件付けなどを用いて解決しようとしたのだろう.

いずれにしても,1)の定義では,これら3つの問題が生じる.

このうち,2番目の定義は,1番目の定義における第3の問題(複合帰無仮説の時に困るという問題)に部分的には対応している.

第3の定義は,どういった「統計量」を用いるか,どちらの方向のどの領域が「極端」なのか,複合仮説のときにどうするか,といった問題を,先送りして,「仮説検定」の領域でそれらを解決してもらおうとする.つまり,まずは仮説検定として良いものを導出した後に,その仮説検定の棄却域に従って,p値を定義する.

なお,第3の定義では,確率化を伴う検定(特に離散分布の時にサイコロを振って有意かどうかを決める検定)では,p値を定義できない. \alpha_1 \lt \alpha_2である任意の有意水準 \alpha_1, \alpha_2について棄却域がR_{\alpha_1} \subseteq R_{\alpha_2}となっていないからである.

ちょっとあやふやだが,複数の異なる実験があり,どの実験を行うかをサイコロで決める場合(例えば,コインを投げて,表なら標本サイズ100で製品Aの加速寿命試験をして,裏なら標本サイズ30で製品Bの劣化試験を行うなど)も,第3の定義でp値を定義するのは面倒そうである.そのような実験では,第1や第2の定義でも,その定義通りに従えば,p値を求めるのは面倒なのだが,特に第1の定義では,行った実験だけに限定してp値を求めるのが慣例であり,その場合は比較的,p値の計算は簡単である.

このようにp値は,定義にもいろいろある.そして,それらはいくつかの状況では同値である.しかし,同値であったとしても,例えば,1番目の定義を強調すると,<p値は,モデルとデータとの不整合を測る指標の1つ>のような解釈を好むことになるだろう.一方,3番目の定義を強調すると,<p値は,有意水準が異なる人々がいても,有意/有意じゃないという判断を可能にする指標>というような解釈を好むことになるだろう.

6.2 p値の仲間たち

前節6.1で定義したp値以外にも,いろいろな仲間がある.Bayes流p値,mid-p値,FWE調整p値,FDR調整p値などである.ここでは扱わない.

 

6.3  Cox(2006)での帰無仮説の分類

Nuzzo, R., Johnson, V. and Senn, S. (2016)での質疑応答にてD.R. Coxが指摘したp値声明の批判は,<検定にはいろいろあって,いろいろな使われ方をしているのに,p値声明はそれを無視している>ということだとたぶん思う.

Cox(2006,pp.30-31)では,どんなものが帰無仮説になるかとして,次の6つを挙げている.

  • 強く否定したい仮説を帰無仮説とする.
  • 仮説そのものには興味はないが,その仮説値を境目にして興味のある領域に分割される場合.例えば,H_{01}:\beta \lt 0H_{02}:\beta = 0H_{03}:\beta \gt 0という3つの仮説に興味がある場合に,H_{02}:\beta = 0帰無仮説とする.
  • 単に信頼区間を求めるためだけに,技術的・便宜的に帰無仮説を連続的に設ける.
  • 複雑なモデルを単純化することにより得られる説明しやすいモデルを帰無仮説とする.
  • より複雑なモデルが単純なモデルからの逸脱を示している時,その単純なモデルを帰無仮説とする.
  • ある1つのモデルしか定義されていないが,そのモデルからの逸脱が懸念される場合に,そのモデルを帰無仮説とする.

2番目の問題は,「多重決定方式」や「(パラメータ空間の)分割 partitioning」などと呼ばれている問題である.

 

6.4  母集団モデル vs 無作為化モデル

Lehmann(2022:4th ed.,p.150の脚注11)では,検定の前提となるモデルを,次の2つに分類している

  • 母集団モデル
  • 無作為化モデル

心理学実験や臨床試験は,その試験では,目標母集団の抽出枠からの無作為抽出はまず行わない.しかし,一方で,無作為割り付けは行うことが多い.その点で,母集団モデルよりも,無作為化モデルの方が相性がいいのではないかと私は(私も)思うのだが,無作為化モデルの枠組みはそれほど浸透していない.

6.5  竹村本

竹村(2020:新装改定版,pp.161-162)では,「帰無仮説の意味あい」について,次の3つを紹介している.

  • データによって反証したいことを帰無仮説とする場合.例えば,「プラセボよりも新薬の方が薬効がある」を主張したいために,「新薬よりもプラセボの方が薬効がある」を帰無仮説とする場合.
  • 正常な状態や通常の状態を帰無仮説とする場合.例えば,製造業での工程管理での管理図において,統計的管理状態にあることを帰無仮説とする場合
  • ある統計モデルにおいてもし成立しているとその後の諸々の導出や取り扱いが簡単になる前提を帰無仮説とするもの.例えば,「確率変数が正規分布に従っている」などを帰無仮説とする場合

 

6.6  久保川本

久保川(2017,p.116)などでは,統計モデルにおける分類として,次の3つに分けるものを紹介している.

 

6.7  その他の分類

他にも,有名な分類としては,Fisher有意性検定とNeyman仮説検定という分類や,また,頻度主義 vs Bayes主義といった分類もある.それらは省略する.

 

7. 嫉妬(Statistical Hypothesis Inference Testing)

6節で述べたように,実際には統計的検定にはいろいろなものがあり,いろいろな用途がある.その多様性に対して,特にp値声明の前まで,ハウツー本のなかでは,あたかも,統計的検定について唯一無二の定義があるかのように扱われてきたのではないかと思う.

Gigerenzer(2004)の見立てによると,(主に心理学の分野では)次のような手順の統計的検定が普及していったのだという.

  •  帰無仮説としては,「平均差が0」や「相関が0」などのゼロ帰無仮説を立てる.対立仮説は立てない.
  •  αは,常に0.05として判断する.もし有意ならば,研究仮説が正しいとする.p < 0.05, p < 0.01, p < 0.001というラベルを付ける.
  • 常に,この手順を踏む.

Gigerenzer(2004)は,このような手順は,匿名化(誰がいつどこで提案されたかを述べない)されており,実際にはFisherとNeymanとの間に激しい口論があったのだが,それらがなかったものとして無視して,悪い意味で,自分の都合のいい箇所だけを折衷(ハイブリッド)して組み合わせたという.

もちろん,検定を機械的にルーチンで用いることに対して,Gigerenzer(2004)の前にも批判はあった.有名な批判としては,Cohen(1994)がある.Cohen(1994)では,「平均差がゼロ」や「相関がゼロ」の仮説は,「ゼロ仮説」(nil hypothesis)と呼ばれており,また,心理学分野で普及している検定手順(もしくは,その当時,普及していた検定手順)を,帰無仮説有意性検定(NHST: Null Hypothesis Significance Test)と読んだ.おそらく,このCohen(1994)の論文が「NHST」の初出だと思うが,以後,有意性検定や仮説検定を批判する時には,この「NHST」という用語が使われるようになった.Cohen(1994)より前にも,遡ればいくつも批判はあるだろうが,この記事では言及しないことにする.

 

しかし,少し考えただけでも,Gigerenzer(2004)やCohen(1994)の批判が当てはまらない利用例も沢山あるだろう.

有意水準を5%としない状況として,以下のような例が考えられる.

  • Senn(2007:2nd ed.,p.188)が指摘しているように,医薬品開発のICH E9では有意水準として「慣例的に、第一種の過誤は5%以下 に設定され(ICH, 1998日本語訳) と述べられているが,これは両側5%であり,例えばプラセボの方が試験薬よりも買っていて両側5%で有意だったとしてもダメだろうから,実際の有意水準は2.5%である.さらに,Senn(2007:2nd ed., p.188)の指摘によると,独立な試験で2回パスしなければいけないという,薬効評価に対する米国の「2試験ルール」(two-trial rule)の場合には,実際の有意水準は0.025の2乗となる.
  • 管理図では,5%閾値ではなく,3σルールが使われることが多い.なお,管理図では,「有意」でなければ正常とみなし,「有意」であれば何かしらの異常が生じたと判断する.
  • 回帰分析における変数選択において検定を使うときには,伝統的に,有意水準は15%や20%といった大き目のものが使われる.

 

また,ゼロ帰無仮説としない例として,次のような例が考えられる.

  • ICH E9での非劣性試験や同等性試験ではマージンがあり,ゼロ帰無仮説ではない.
  • 社会学での重回帰分析では,実用上は,符号を決めるために検定をすることが多いだろう.つまり,計算自体はH_0:\beta = 0というゼロ帰無仮説とした両側検定かもしれないが,解釈上は, H_{01}:\beta \lt 0H_{02}:\beta = 0H_{03}:\beta \gt 0という3つの仮説を同時に検定していると言える.
  • 管理図などでは,統計的管理状態が帰無仮説となっているが,それはゼロ仮説ではない.例えば,ある部品の直径における目標値が1.25mmの時,統計的管理状態では母平均が1.25mmになっているのが理想だろう.

D.R.Coxが言うように,統計的検定の用途は沢山あり,その使用目的もさまざまである.用途や目的が異なれば,そこで生じる問題への対処方法も異なるだろうから,p値声明,Gigerenzer(2004),Cohen(1994)のように,抽象的に批判するスタイルは,各分野での「誤用」をなくすのに得策ではないかもしれない.

 

8. ジャイアンの肩にのってStanding on the Shoulder of Giants

Senn(2016)の主張は,私には説得力があるように読める.確かに,頻度主義 vs Bayes主義という2つの立場の違いを理解するのは大切だろうが,実際には,頻度主義にもいろいろあるし,Bayes主義にもいろいろある.特に「p値」に関しては,Bayes主義における点帰無仮説と片側事後確率との間で,少なくとも数値的には大きな違いが生じる.一方,特に大標本ならば,Bayes主義における片側事後確率と,頻度主義におけるp値では,少なくとも数値的には違いが小さいことが多い.

<違った考え方や前提から導出したものなのに,まったくもしくはほぼ同じ結果が得られることがある>という現象は,統計学ではたびたび出くわす.例えば,t検定は正規分布からも導出されるが,大標本では,並べ替え検定の近似にもなっているし,正規分布のずれにもロバストである.

 

<前提や導出過程は違うが,結果は同じ>となる現象をどう解釈し,どのように処理するかは人によるだろう.しかし,いずれかの前提や導出過程を否定するのではなく,現象を豊かにみるきっかけにするのがいいのではないかと個人的には思う.もちろん,そのように考えるのではなく,<それなら,より汎用的な方法を使おう>や<それなら,より前提に対してロバストな方法を使おう>と考える人もいるだろう.それは,その人の好みのように思える.

 

統計的検定はさまざまな使わ方をしている.このブログ記事では,その応用分野での議論を抜きにして,抽象的な話を長々としてきた.このような議論の仕方は,かなり無理があるだろう.目的が違えば,そこで生じている問題への解決策も違ってくるだろう.ここまで読んでいただいてありがたいが,また,自己矛盾なのだが,このブログ記事も含めてネットに落ちている情報に振り回されず,自分が対面している問題に集中して取り組むのが第1だろう.

 

統計学のオアシスに喧嘩はつきものである.これからもp値の議論は続くだろう.

 

参考文献

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Benjamin, D.J., Berger, J.O., Johannesson, M. et al. (2018). Redefine statistical significance. Nature Human Behavior. 2, 6–10 

Cohen, J. (1994). The Earth Is Round (p < .05). American Psychologist, 49(12), 997-1003

Cox, D.R. and Hinkley, D.V. (1974).  Theoretical Statistics. Chapman & Hall/CRC

Cox, D.R. (2006). Principals of Statistical Inference. Cambridge University Press

Dale, A. (1991:2nd ed.).  A History of Inverse Probability: From Thomas Bayes to Karl Pearson. 

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Fisher, R.A. (1922). On the Mathematical Foundations of Theoretical Statistics. Philosophical Transactions of the Royal Society of London, Series A, 222, 309-368

Fisher, R.A. (1925). Statistical Methods for Research Workers. Oliver & Boyd

Fisher, R.A. (1935). Design of Experiments. Oliver & Boyd

Gigerenzer, G. (2004). Mindless Statistics. The Journal of Socio-Economics, 33, 587-606

Hubbard, R. (2011). P-Values in Lovric (ed.) International Encyclopedia of Statistical Science. Springer. 1144-1145

ICH Steering Committee (1998).  ICH Harmonised Tripartistite Guideline: Statistical Principles for Clinical Trials

Laplace, P.S. (1812) 日本語翻訳 伊藤清・樋口順四郎[訳・解説]『ラプラス 確率論:確率の解析的理論』共立出版

Lehman, E.L. and Romano, J. P. (2022: 4th ed.). Testing Statistical Hypotheses (Vol1 & 2). Springer

Nuzzo, R., Johnson, V. and Senn, S. (2016). ASA statement on P-values and statistical significance: Development and impact. YouTube Video, RoyalStatSoc. [URL]: https://www.youtube.com/watch?v=B7mvbOK1ipA

Punnett, R.C. (1904). Merism and Sex in “Spinax Niger”. Biometrika, 3(4), 313-362

Senn, S. (2003) Dicing with Death: Chance, Risk and Health. Cambridge 

(日本語訳:松浦俊輔訳『確率と統計のパラドックス青土社

Senn, S. (2007:2nd ed. ). Statistical Issues in Drug Development (2nd ed.). John Wiley & Sons

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[URL]: https://doi.org/10.1080/00031305.2016.1154108

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Wasserstein, R. L., and Lazar, N. A. (2016). The ASA Statement on p-Values: Context, Process, and Purpose. The American Statistician, 70(2), 129–133.  [URL]: https://doi.org/10.1080/00031305.2016.1154108

久保川達也(2017)『現代数理統計学の基礎』共立出版

竹村彰通(2020:新装改定版)『現代数理統計学』学術図書出版

 

 

 

*1:このダジャレはSenn(2003)のものです

*2:このダジャレもSenn(2003)のものです

Bayesの卵を割らずにBayes流オムレツを作る?? 〜1930年論文で読む信頼区間 vs 推測区間〜

お断り

この記事で書かれている内容は,かなり特殊ななものです.通常の信頼区間を知らない人は読まないことを勧めます.

 

はじめに

このブログ記事では,Neyman流の信頼区間と,Fisher流の推測区間(fiducial interval)の違いを,次の2点に注目して解説していく.

  1. 実現信頼区間(実現推測区間)の解釈
  2. 同一母集団からの抽出 vs 準拠集合からの抽出

その際,Fisherによる1930年論文 "Inverse Probability"をもとに,Fisherの考えを紹介していく.

なお,このブログ記事では,設定しているモデルが正しいものとして話を進める.<モデルの前提が正しい>ものとして議論を進めていくことに対する批判としては,Kass(2011) Statistcal Inference:The Big Picture, Statistical Science, 26(1), 1-9を参照のこと.

実現信頼区間の解釈における違い

信頼区間(推測区間)のうち実際に得られたデータ値を代入して得られた信頼区間(推測区間)を,ここでは実現信頼区間(実現推測区間)を呼ぶことにする.Neyman流信頼区間とFisher流推測区間の違いのひとつは,実現信頼区間(実現推測区間)の解釈にある.

実現信頼区間に対する解釈の両者の違いの根底には,<研究者や科学者が行う不確実性をもつ判定を,確率的に表現できるか? また,確率的に表現すべきか?>に対する哲学的な違いがあるだろう.Fisherは,少なくとも1930年では「できる」し「するべき」という立場であった.一方,Neymanはおそらく「できない」という立場であった.

Neymanが提示した例として,円周率の1000桁目X_{1000}は確率変数ではなく定数である,というものがある.「X_{1000}=8である確率は?」と問いかけたならば,Neymanは0%か100%であると答えるであろう.一方,Fisherは,おそらく,「20%」などと確率的な言明をするのも有用だと考えていたと思われる.

<不確実な判定に対しても,積極的に確率的な言明をする>という1930年以降のFisherの立場は,Bayes流推測の基本方針に近い.Fisherの1930年論文のp.528第1段落を読むと,一瞬,Bayes推測をFisherは否定しているように読める(ただし,Bayesは擁護している).しかし,第2段落を読むと,Fisherが批判しているのは,Laplace流による事前分布の設定方法だけである.Fisherが批判しているのは,「不十分理由の原則」によって「同様に確からしい」として一様な事前分布を割り振っている点だけである.<不確実な判定に対して,積極的に確率的な言明をする>というBayes流の基本方針自体は,Fisherは批判していないどころか,1930年論文の主目的であり,「推測区間」によって技術的に達成しようとしている.

<不確実な判定に対して確率的な言明をする>よりも話題を狭くすると,<パラメータに対する確率的言明は行えるのか?」について,NeymanとFisherは異なった考えを持っていた.Neymanは,おそらく「行えない」と考えていたのに対して,Fisherは少なくとも1930年の段階では「行える」と考えた.

ただし,Fisherも1930年より前には,パラメータに対する確率的言明を(技術的に)行えるとは考えていなかった.確率分布をパラメータの関数とみなしたものを,「確率」に意味や用法は似ているけれど「確率」と区別する用語として,わざわざ「尤度」という言葉をFisherは割り振った.尤度は,確率がもつ性質は持たない.Jacksonさんの身長とJohnsonさんの身長から「JacksonさんもしくはJohnsonさんの身長」を一意に決めることはできないのと同様に,尤度も,たとえ排反なパラメータ値であっても,足し算を行えない.一方,確率は事象が排反であれば,足し算が行える(1930年論文,p.532).

尤度や最尤法を統計的推定の中心とみなしていた前期においては,Fisherはパラメータに対して確率的言明を行えるとは思っていなかった.1930年のこの論文では,その考えを変更している.この変更は,論文集にて<考え方を変えた>とFisher自身で述べている珍しい例である.Fisherは,いくつか重要な事項に対して考え方を途中で変更しているが,それを明示的に述べたことはあまりない.

以上のような出発点での違いから派生したのだと思われるが,例えば,「{\rm Pr}(\mu \lt 100)」というパラメータに対する確率に対して,NeymanとFisherでは次のような違いがあるだろう.

  • Neymanの考え方では,{\rm Pr}(\mu \lt 100)は,0%か100%のいずれか.
  • 1930年以降のFisherの考え方では,{\rm Pr}(\mu \lt 100)に対して,20%などの確率的言明が行える.

このような違いがあるために,実現信頼区間に対する解釈が両者で異なっていた.Neymanは,実現信頼区間にパラメータの真値が含まれている確率は0%か100%であると考えた.Fisherは,95%などの確率的言明が行えるとした.

現在の多くの統計学入門書では,Neyman流の立場のみを解説している.ただし,竹村彰通『現代数理統計学』の9章3節では,節の後半でわずかであるが,コイン投げをしてコインを覆っている場合を例に挙げて,Fisher流解釈を紹介している.

 

同一母集団からの抽出 vs  準拠集合からの抽出

Neyman流信頼区間は,少なくとも教科書的な枠組みでは,同一母集団からの繰り返し抽出を前提としている.統計学の入門書では,例えば,95%信頼区間は,<同一母集団から100回繰り返し無作為抽出をした場合に,そのうちの約95%の区間内に真値が属する>などと説明される.これは,次の図1のようなイメージ図で描くことができよう.

図1:Neyman流信頼区間のイメージ

Neyman流信頼区間の解釈では,前節で述べたように,1つ1つの実現信頼区間に真値が属する確率は0%か100%と考える.「95%」という確率は,あくまで100回や1000回などの同一母集団からの繰り返し抽出での確率である.この時,抽出元の母集団は同一であり,母集団分布のパラメータ値は1つの値に固定されているものと考える.

一方,1930年論文において,Fisherは,やはり抽出を考えているが,抽出元の集合は,同一の母集団でなく,いくつかの異なる母集団であっても構わないとした.Fisherの推測区間のイメージ図は,次の図2のようになる.

図2: Fisher流推測区間のイメージ図

図2において,赤い点がパラメータの真値である.1930年論文では,図2のようにパラメータ値はばらついていても構わないと想定されている.つまり,Fisherの1930年論文で展開されている枠組みでは,パラメータは固定値ではなく確率変数であってもなくても構わない.

この設定のもとで,Fisherは,Bayes流推測とは違い,事前確率を設定せずに,<不確実な判定に対する確率的な表現>や<パラメータに対する確率的言明>を求めようとした.

図2において,私たちは,どの実現推測区間が真値を含んでいるかの区別がつかない.ただ,そのうちの95%は頻度的に真値を含んでいる.その場合,いま目の前にある実現推測区間に真値が属する確率は95%と思っていい ... というのがFisherの主なアイデアであろう.このアイデアをもとに,技術的には,パラメータ値を所与としたときの統計量の頻度的な確率分布を形式的に裏返すことで,パラメータ値に対する"確率分布"を求めた.この確率分布は,(少なくとも1930年の論文が設定しているような単純な前提ならば)少なくとも形式的には,確率の公理を満たしている.

この話だけを聞くと,Neyman流信頼区間とFisher流推測区間には,数値的にも大きな違いがあると思うかもしれない.しかし,1930年論文で扱っているような,連続型確率分布で,かつ,局外パラメータがないような単純な場合には,両者は数値的には同じである.1930年論文が扱っている単純な状況では,Fisher流推測区間は,技術的には,枢軸量(pivotal quantity)を用いて求めるのだが,それはNeyman流信頼区間を求める方法でもある.

Fisherは,1930年より前で最尤推定を推定の中心と考えていた時期には,同一母集団からの繰り返し抽出をもとに理論を整備していった.しかし,1930年以降になり,その考えを捨て,統計的推測での確率計算は,参照集団(reference set)に基づき行うべきものと主張するようになる.Fisher正確検定(Fisher直接確率検定)などにおいて,FisherとNeymanの哲学的な違いは目立つようになる.

 

以上の議論は,いずれの立場であっても,前提としているモデルが正しいものとして論じた.<モデルの前提が正しい>ものとして議論を進めていくことに対する批判としては,Kass(2011) Statistcal Inference:The Big Picture, Statistical Science, 26(1), 1-9を参照してほしい.

 

Fisherだけに5%閾値の責任を負わせるのは少し酷な気がする

 

以下,記憶だけで書いたいい加減な話.

 

5%閾値を広めた責任者は,K.Pearson, Fisher, Neyman, Snedecor,そして,統計分析のハウツー本の著者ら,さらに,私自身も含めた統計関連従事者(←統計家や統計学者ではない)ではないだろうか.Fisherだけに責任を負わせるのは酷な話だと思う.

 

 

まず,1900年初頭には,K. Pearsonの提案をもとに,probable errorの3倍以上のものを”almost certain significance”とする分類がBiometrikaを中心に利用されていた.このprobable error (PE)は,Xが正規分布に従っている時に,μ± PEにXが属する50%となるもの.このPEは,元々は,Galtonが多用していた.(Galtonは,いまでいう四分位点から,PEを求めていた.Galtonの文献では,標本と母集団の違いが曖昧.K. Pearsonになると標本と母集団の区別をしている.)

 

標本正規分布におけるPEは約0.6745なので,3PEは2.023ぐらい.つまり,3PEは,2SDにまあ近いと言えば近い.そして,2SDは両側5%に近い(実際には,両側5%はZ = 1.96).

 

1925年のFisherによるSMRW(特に初版)では,有意か有意じゃないかの目安として5%を用いた理由として,この3PE2SD両側5%が挙げられている.よって,この段階では5%閾値が広まったのは,Fisherのせいだとも言えるし,K. Pearsonのせいだとも言える.ここでポイントとなるのは,少なくともSMRWの初版では,Fisherは(Fisherも)5%を(便宜的ではあるものの)閾値としていること.

 

また,Fisherが,5%を閾値とした間接的な理由として,統計表として,(分位点に対して累積確率を列挙した表ではなく)累積確率に対する分位点を列挙した表を用いないといけなかったことが挙げられる.そのような統計表を用いることになった理由としては,(a) K. Pearsonなどが作成したBiometrikaの統計表を利用できなかった,(b) F分布で分位点に対して累積確率を列挙すると表が膨大な量となる,という2つが挙げられるだろう.

 

ここから話は一捻りする.1930年代に入り,Neymanは,E.S.Pearsonとともに,現在,「Neyman-Pearsonの補題」として知られている補題を提示した論文を筆頭に,仮説検定や信頼区間に関する論文を発表していった.これらの論文では,対立仮説や第1種&第2種の誤り,accept/rejectといった数理的な概念をもとに,仮説検定の理論を整備していった.Neyman-Pearsonの補題を筆頭としたNeymanの仮説検定の枠組みは,多くの統計学者に普及していった.

 

Neymanの仮説検定の枠組み自体では,閾値は特になんでも良い.たとえば,Neyman-Pearsonの補題は,有意水準が5%でも,1%でも,0.1%でも,3.2%でも成立する.しかし,Neymanの仮説検定では,検出力を求めるために検定において何かしらの閾値を決める必要がある.

 

一方,1930年代にはSnedecorのハウツー本が出版される.この本は,FisherのSMRWよりもはるかに多く売れた.この本には,5%以下は”significant”でアスタリスク1つ(*),1%以下は”highly significant”でアスタリスク2つ(**)付ける表が登場する.星付与システムの普及には,Snedecorのハウツー本が強く貢献したと思われる.

 

1930年頃ではすでに5%の閾値は普及していたと思われるが,統計分析のハウツー本の筆者らの間で,「5%」が次第にNeyman流の「第1種の誤りの確率」として解釈されるようになっていく.そして,統計的検定が,帰無仮説と対立仮説のいずれを選択するかの意思決定だと考えられるようになる.元々,Fisherは1930年からNeymanの仮説検定の枠組みを批判していたが,1940年以降になると,Neyman流の仮説検定が不可逆的な白黒を付けてしまう枠組みであり,製造業分野でのacceptance procedure(工業製品のロットに対して,いくつかを抜き取って合格/不合格を決める方式)を科学の分野に無理矢理,応用しようとしたとして批判するようになっていく.その際,5%を閾値とすることも批判するようになっていく.

 

Lehmannの見立てによると,そのようなFisherによるNeyman批判は,「おまいう」案件だろうということだ.Lehmannは,SMRWのいくつかの版を見て,次第に5%閾値とする記述が薄まっていくさまを記述している.また,D.R.Coxによると,実際の応用場面では,一般に思われているイメージとは別に,Fisherの方が閾値(5%)を基準に白黒をつけていて,Neymanの方がp値を示して白黒をつけずに連続的に解釈しているとのことだ.

 

しかし,K.Pearson, Fisher, Neyman, Snedecorだけが,5%閾値の責任者ではない.むしろ,統計家や統計学者以外のその他大勢の統計関係者の責任の方が大きいのではないだろうか.私自身も,「5%閾値には科学的な意味がありません.しかし,世間ではよく使われています.」と人々に紹介してきた.これ自体,嘘ではないだろうが,適切な説明ではないだろう.そう聞いて,「科学的に理由がないのだから,使うのをやめよう」と思う入門者は少ないだろう.むしろ,5%閾値を利用して,もし誰かに理由を聞かれたら同じ理由を言うことになるだろう(もし「なぜ5%を閾値としたのですか?」と聞かれたら,「5%には科学的な意味がありません.しかし,世間ではよく使われています.」と答えるようになる.嘘ではないので,罪悪感が小さい).

 

以上はあくまで私の個人的な感想なので,まあ誤解も多く含まれているだろう.そしてもし大体,合っていたとしても,上記のような小噺を入門者に(全部で1日間ぐらいの講義のなかで)伝えるのは得策ではないと思う.「少なくとも1950年代のFIsherは,Neymanの仮説検定の枠組みを白黒を付けてしまう枠組みだとして批判していました.」ぐらいを伝えたので十分ではないだろうか.

 

さらにおまけとして,実際には閾値として5%以外の閾値も数多く使われている点にも注意が必要だろう.例えば,医薬臨床試験の統計家であるStephen Senn先生が指摘しているように,ICH E9で規定されている有意水準は2.5%であり,5.0%ではない(さらに,2回パスする必要がある場合には,実質的な有意水準は0.025の2乗となる).製造業での管理図では,3σルールがよく使われていたが,3σは5%ではない(なお,これは王道の統計的検定ではなく,有意でなかったら,通常状態であると判断する枠組みである).他にも,ICH Q1Eでバッチ間の違いがあるかどうかの判断で使われる有意水準は25%(0.25)である(これはモデル選択において,統計的検定を流用している).このように色々な閾値があるのは,統計的検定が,(それが数理的に擁護できるかどうかは分からず,人によっては邪道に見えるだろうが)応用では多種多様な目的で使われているからだと思われる.

 

 

もうひとつおまけとして,日本での特殊事情もあるかもしれない.日本では,戦中から戦後にかけて数理統計学の輸入と普及が加速していったが,「Fisherを祭り上げて,Neymanの枠組みを教える」というものだったと思う.一方,英語圏では,Gerd Gigerenzer先生の見立てによると,匿名化・無歴史化された(悪い意味で)折衷型の検定が普及していったという.

歪度が共に0かつ平均が同じ状況で,分散が極端に異なる場合に,Wilcoxon検定の検出力はどれぐらい? (計算を間違えているかも)

以下,間違えているかもしれませので,適当に流し読みしてください.

 

2023/2/12追記:このブログ記事は,同順位がない場合(応答データが連続データである場合)で各群の標本サイズが等しい場合しか扱っていません.

 

入門的な教科書では,Wilcoxon検定の検出力は,通常,F(x) = G(x-θ)と位置パラメータだけがずれているという前提のもとで「H0: θ=0」の検出力の話をするのが,定番です(例えば,竹村彰通(2020)『新装改訂版 現代数理統計学』学術図書 pp.287-291).しかし,平均は等しく,歪度がゼロの状況で,分散が異なる時に検出力がどれぐらいになるかも私は気になりました.

話がややこしいのですが,次のように私の中で考えが変わっていって,そのような状況の検出力が私は気になるようになりました..

  1. (遠い昔...)母集団分布が正規分布でない時は,Wilcoxon検定をすべきだよ.
  2. いやいや,2つの母集団分布の違いが位置だけずれているという前提が成立していなければ,つまり,F(x) =  G(x-θ)という前提が成立していなければ,H0:θ=0の妥当な検定にWilcoxon検定はならないよ.(つまり,「母中央値の差が0」や,「母平均値の差が0」の検定としてはWilcoxon検定は妥当ではないよ.)
  3. 母平均が一緒で母歪度がともに0で,分散だけが違う時さえも,H0:θ=0の妥当な検定にはならないよ.
  4. 母平均と母分散が一緒で,母歪度がともに0でも,H0:θ=0の妥当な検定にならない例を作れるよ.
  5. だから,Wilcoxon検定は,「母集団分布が2つの群で全く一緒」というのを帰無仮説にした検定と考える方がいいよ.(注:今回の話とは関係ないが,Studentのt検定の帰無仮説も「母集団分布が2つの群で全く一緒」(もしくはFisher sharp hypotheis)とすべきと私は個人的には思っている.)
  6. 上記 2., 3., 4. のようにいうけれど,そんなに気にすべきことなの? 感度分析した方がいいんじゃない? ← イマココ.

(注:ここでの「妥当」とは,宣言した名目的な有意水準をきちんと保つことを指します.)

 

このブログ記事では,取り急ぎ,(3)について,最も極端な例で,どこまで実際の有意水準(検定のサイズ)が膨れ上がるか,名目的な有意水準が両側5%の時で調べてみました.

 

最も極端な例とは,1群における値が,もう一方の群のすべての値よりも50%で小さくなり,50%で大きくなるという例です.例えば,第1群を X〜Unif(-1,1) とした場合,もう一方の群の値がが確率50%でUnif(-3, -2),確率50%でUnif(2, 3)となるような場合を考えます.

 

なお,この極端な例は2つの点で実用的な例ではありません.

(a) そんな極端なことは,現実ではまず起こり得ないでしょう.

(b) もし母集団がそんなにも違うならば,その違いを検出する検定を使うべきでしょう.

 

以下が,各群の標本サイズが100, 200, 400, 800, ..., 25600の時の結果です.

名目的な有意水準が両側5%のとき,極端な例に対する検出力(実際の有意水準)は10%前後のようです.間違えているかもしれませんので,是非,各自で確認してみてください.

 

[  100 0.0886260801140672]

[  200 0.103639038437849]

[  400 0.0988217869165587]

[  800 0.11155465468006]

[ 1600 0.104132970281548]

[ 3200 0.107674419657684]

[ 6400 0.106845874783091]

[12800 0.109632898727601]

[25600 0.108217176947184]

 

これは一番,極端な場合での例です.この約10%になるのをどう考えるかは,分野や状況によると思います.(ただ,約10%は検出力としては低すぎなので,Wilcoxon検定が異分散の時は「H0: θ=0」の検定としては妥当でないからと言って,異分散に敏感に検出したい場合には利用するのは得策ではないとは言えると思います.)

 

 

付記:以下は,上記の結果を出すのに用いたコードです.

(急いでいるため,マイナーな言語で書いてしまいました... なんとなくで理解してください...)

 

nvec = [100, 200, 400, 800, 1600, 3200, 6400, 12800, 25600];

alpha = 0.05;

z = Normal Quantile(1-alpha/2);

For(i = 1, i <= NRow(nvec), i++,

  m = n = nvec[i];

  crit = n*(n+m+1)/2 +  z* Sqrt(m*n*(m+n+1)/12);

  k = Floor*1;

  power = 2 * Binomial Distribution(0.5, n, k);

  Print(nvec[i]||power);

);

*1:3*n^2 + n - 2*crit)/(2*n