2015年9月29日:追記
王立化学協会様から許可を頂き、2003年にリリースされた、"a Perfect Cup of Tea"に関するふたつのプレスリリースを、以下のページに公開しました。このページを読む前に、是非、実物をご一読ください。
Two News Releases about “a Perfect Cup of Tea” by the Royal Society of Chemistry - Tarotanのブログ
はじめに 〜 紅茶を巡る都市伝説 〜
ミルクティーに関して、次のような都市伝説がある。
「ミルクを先に入れるべきか? 紅茶を先に入れるべきか?」という論争があるが、2003年に「ミルクを先に入れるほうがよい」と王立化学協会が証明した
この都市伝説の出発点は、王立化学協会(以下、「協会」と呼ぶ)によるジョークだと筆者は思っているが、どんな種類のジョークなのだろうか?
その疑問を明らかにするため、とても野暮なことなのだが、ジョークの中心的な構図を考察した。
ジョークの中心的な構図
2003年、協会は、ジョージ・オーウェルの生誕百周年に合わせ、紅茶に関するプレスリリースを発表した*1。紅茶を話題にしたのは、オーウェルが ”A Nice Cup of Tea” というエッセイを書いていることに由来する。
協会は、一連のプレスリリースにおいて理想的な紅茶の作り方を論じているのだが、オーウェルの主張とは異なることを主張した。両者の相違点を表1に示す。
オーウェルの主張 |
協会の主張 |
紅茶は相当に濃くあるべき |
紅茶は濃くなくてOK |
砂糖は入れるべきではない |
お好みで砂糖を入れてもOK |
ミルク後 |
ミルク先 |
表1 オーウェルと協会の主張の違い
表1における右下隅の「ミルク先」だけが注目され、「ミルク先がよいことが協会により科学的に証明された」という都市伝説が広まったようである。
情報の一部分だけを切り出してジョークを理解することは難しい。ここでは、生誕百周年という背景と、表1の全体を見渡してほしい。そうすると、「生誕百周年という記念すべき日に、有名作家の意見にイチャモンをつけている」という構図が見えてくるのではなかろうか。協会による一連のプレスリリースにおけるジョークは、この構図 ー記念日で祝われている権威者に喧嘩を売っているという構図 ー が中心となっているのではないかと筆者は推察する*2。
もしもオーウェルが「ミルク先」と主張していたならば、協会は「ミルク後」と主張しただろう。現実にはオーウェルは「ミルク後」と主張したので、協会は「ミルク先」と主張したのであろう*3。筆者はそのように想像する。
マスメディアの反応
協会によるジョークを理解するには、協会の発表に対する英国マスメディアの反応が非常に役立つ。以下に、各メディアにおいて、記事へのリンクと、協会への主だった批判を記す。
BBC:BBC NEWS | UK | How to make a perfect cuppa
協会が発表したいくつかのルールは個人的趣味であり化学的根拠はない。
The Guardian:How to make a perfect cuppa: put milk in first | UK news | The Guardian
これは、英国人の半数に対する宣戦布告だ。オーウェルの生誕百周年というのに、彼の墓に吐きかける行為だ。
Telegraph:Guide to the perfect cuppa starts a storm in a teacup - Telegraph
物理学者が言うには、「『ミルク先』なんてものは文化的慣習にすぎない。本当の秘訣は、水温を98度に保つことだ」。
記事を読めばわかるように、ある意味では非常に真剣なのだが、あくまでジョークとして各メディアも記事を書いている。
結び
王立化学協会によるプレスリリースのジョークを筆者なりに考察した。「記念日で祝われているオーウェルに喧嘩を売る」という構図が、このジョークの中心ではないかと筆者は推察した。
「『ミルク先がよい』は世界的権威が証明した科学的な真実だ」などと思わないほうが良さそうである。権威に対する無批判な信仰なんてものは、『1984』を書いたオーウェルも、そのオーウェルに喧嘩を売った協会も、それを「真剣」に報じた英国マスメディアも、そして紅茶の議論をエンドレスに続ける人々も、誰も望んではいないだろう。
*1:筆者が知る限り、記念日前と記念日に1つずつ、計2つのプレスリリースが発表された。※ 2015/9/29追記:Two News Releases about “a Perfect Cup of Tea” by the Royal Society of Chemistry - Tarotanのブログに公開しました
*2:これ以外にもプレスリリースにはいろいろなネタが埋め込まれている。
*3:ただし、協会のプレスリリースでは、「ミルクを先にいれておいたほうが、温度が上がらず牛乳のタンパク質が変質しない」という化学的理由も周到に述べられている。しかし、そのような立派な化学的説明があるのにも関わらず、都市伝説の真偽を確かめるための実験は行われていない。